本日記は、2008年度、苫小牧青年会議所設立55周年を記念して企画いたしました。

 2008年度の基本方針にある、「人とのつながり」という言葉、そして、理事長方針にある、「古きを温ね、新しきを知る」という温故知新の精神をもってJC活動をしていきたいという願いが込められています。OB諸氏の皆様方に青年会議所への思いを熱く語っていただくきます。

 本日記はリレー形式で、OB会長の柏木先輩からはじまり、次の投稿者をご紹介いただきリレーしていきます。
メンバーの皆様、先輩達からのメッセージを胸にJC活動に邁進していきましょう !!

2015年06月06日

OB徒然日記第38号

OB徒然日記第38号
今回は2011年にご卒業された神保康弘先輩にお話を伺いました。
神保先輩は2004年地区大会主管実行委員会財務局長を経験されております。
当時の地区大会の経験談、現役メンバーへのメッセージなどなどインタビューさせていただきました。


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2011年度にご卒業された神保先輩




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神保先輩にインタビュー中の総務委員会、石黒委員


神保先輩インタビュー (地区大会について)

地区大会を何故誘致しようと考えたのですか。

 次は苫小牧が行うべきではないか、と言う流れもあったと記憶していますが、地区大会経験者がいなかったため結論が出ず、最終的には理事長の想いで誘致することになったと記憶しています。

誘致するときの障害はなんでしたか。

障害ではないですが、あくまでも地区大会はLOMの想いだけで進むわけでは無いので、地区の方向性とLOMの向く方向を一致させるのは本当に大変でした。

誘致しようと思ったとき、メンバーの反応はどうでしたか。

経験者もいなかったので当時はまだ全員がやろうと言う雰囲気ではなかったです。

地区大会の準備期間に苦労したことはなんですか。

地区大会をやらなきゃダメなんだ絶対に失敗できない、理事長、実行委員長、更にはLOM全体に泥を塗る事になるので、とにかく必死でした。
それぞれの部会も予算内で行うように組み立てていましたが、それでもオーバーする部会も出てきますので、予算割合を修正したり、趣旨に反しない限りは色々と修正を行い各部会で意見交換をしていたがなかなかまとまらず苦労した。

地区大会運営時メンバーの協力体制はどうでしたか。

主管ではあるがあくまでも苫小牧でやらせて頂いている地区大会なので、絶対に成功させるんだという気概を皆が持って動いていました。

どのようにすれば現役メンバーを満場一致で賛成の方向に向けれると思いますか。

全ての委員会を訪問しディスカッションを行って、是非を聞いてまわっていました。
当時、意見を出すメンバーもいましたが皆やると決めたらやる人ばかりだったので、
考え方は人それぞれなので、全会一致は本当に難しいとおもいます。

現役メンバーにむけてアドバイスをお願いいたします。

地区大会を行なう事は必ずいい影響があるとおもう、仕事も含めて人としてのスキルも上がり、さらにLOMを牽引するメンバーが増えるのでLOM全体のスキルアップにもつながります。
自分が考えている以上の覚悟が必要だと言う事だけは頭の片隅に入れておかなければならないですね。
表も当然だけれど裏方を含めて実務が出来る人間がどれだけいるのか、成功させる力量をもった人がどれだけいるか、部会長だけでなく遂行できる人が必要です。
得るものが有るので、その点だけを考えて決めてください。
やるので有れば知ってることは全部伝えます。これは当時の人間はみんな言っていますので、
やるのは当事者である現役のみなさん、やると決めたのであれば思いだけでなく覚悟をもって進んでください。

神保先輩ありがとうございました。
神保先輩から聞かせていた頂いたお話を今後の活動に生かし、活動していきます!

posted by OB日記 at 11:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月26日

OB徒然日記第37号

OB徒然日記第37号
今回は2010年にご卒業された神田英俊先輩にお話を伺いました。
神田先輩は拡大委員長を経験されております。
当時の委員長の経験談などインタビューさせていただきました。
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神田英俊先輩



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インタビュー中の総務委員会、久保卓也副委員長

■ 当時の現役メンバーは何人いましたか?
2003年度は110人でした。

■ 拡大の目標人数の設定は何人でしたか?
目標は、その前の年と同じく倍拡を目指していました。2002年は30数名の拡大で日本の10%拡大褒章を受けていたのを覚えています。

■ 拡大のリストアップをどのように作成・選定をしていましたか?
拡大対象者がいるかメンバーにヒアリングしたりOBに確認したりして、表にまとめランク付けしていました。
また、紹介者リストを作成(カード)して各委員会が行なわれる度に毎度訪問し、進捗状況を随時確認、更新していきました。

■ 委員会メンバー以外は拡大に協力的でしたか?またそのエピソードもお願いします。
前項でも記載しているように、各委員会が行なわれる度に訪問していた為、メンバーが協力的になってくれました。状況が変わらないから、こなくても良いよと言われたこともあったが、それでもいいから訪問させて貰っていました。大分うざい存在だったかもしれないですね。

■ 拡大においての弊害はなんだったと思いますか?
入会申込書を早い段階で書いた場合年2回の入会資格審査だと、気持ちが覚めたり周囲から間違った情報を入れられ入会できない人がいたので定款の変更を希望し随時入会できる様になりました。結果として2003年は年4回の入会資格審査会議を行なってもらっていました。

■ 卒業後、自社の社員を入会させようと考えたことはありましたか?
勿論、入会させたいと思っていましたが、仕事においても右腕として動いてくれる人間が不在だった為に入会させれなかった。今思えば、誰かを入会させていればその人間が右腕に成長したかもしれないと考える事がありましたね。

■ 拡大の秘訣はズバリ何だと思いますか?
委員会、理事長の拡大に対する情熱の炎を絶やさない事だと思います。理事長挨拶の時に常に拡大のピーアールを徹底してもらい、JC以外の人達にも拡大がいかに重要かを知ってもらうお願いをしていました。常に拡大のLOM祭りの感じが必要だと思います。

■ 現委員長に一言エールをお願い致します!
現委員長というよりも、拡大委員会の皆さんに。皆に嫌われる覚悟で図々しい位に拡大を全メンバーにお願いしていって欲しいです。委員会メンバーの動きを全メンバーにオープンにしていけば必ず全員が協力して動いていってくれる。いつでもどんな時でも拡大のチャンスはあるので常にアンテナを張って動いて下さい。

■ 最後に神田先輩にとってJCとはなんでしたか。
苫小牧の地域経済の基盤になっている、気概が身につく場所だと思っている。

神田先輩ありがとうございました。
posted by OB日記 at 12:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月17日

OB徒然日記第36号

OB徒然日記 第36号 山口 武宏先輩

1992年後期入会、2003年に卒業しJCに12年間在籍していました、齢50歳の山口武宏でございます。この度、現役JC委員会から原稿の依頼が来まして、喜んでJCの思いをつれづれなるままに語らして頂きます。
平成4年に青年会議所入会のお誘いがあり、市民会館の会議室での面接審査がJCの始まりでした。当時の私は、青年会議所という団体の印象は、街の名士やブルジョワジーが集まる団体と思っていましたので、極々平凡なサラリーマンを自負していた私には場違いだなと感じていました。面接時の頭の中は、「入会しても勤まるかな?でも、落とされるのも社会的・人格的なものを否定されるようで傷つくな・・・」と複雑な気持ちで臨んでおりました。落ちるのは恥だと力の限り取り繕い、めでたく合格と相成りJC活動が始まりました。その活動一発目は、例会参加でした。度肝を抜かれたのは、オープニングの国歌斉唱・JC宣言・綱領唱和・JCソング唱和のセレモニーでした。「やばい!何か思想的団体なのか?」と正直なところ驚きでした。例会内容は、お堅い構成でしたが、実に洗練されていて、先輩たちの企画力・言動・スピーチ力に感心しとても立派な方々だなと尊敬の念を抱きました。そこで、私の例会参加姿勢は、というと、突然振られる三分間スピーチに怯え、先輩達への畏敬を併せ持った不安定なもので、決して楽しくないJC活動のスタートでした。さて、その尊敬する先輩達ですが、夜の街に出ると、尊厳ある御仁たちとは、様変わりし、豪快な男性となり大変率直に人と触れ合い人間らしさ溢れる振る舞いに、以外と初心(うぶ)な私は、当初引いておりました。このように衝撃的なJCとの出会いでは、ありましたが、月日を重ねるうちに、様々の事が見えて、身についてゆきます。先輩たちのオン・オフの上手さ、事業を企画する能力の育成、スピーチ力など人間力の開発発展に、少しずつ慣らされ私の苦手なリーダシップの分野をかなり克服できたと思っています。あの、オープニングセレモニーで違和感をもった国旗掲揚、斉唱・綱領唱和の私なりの考えも見つけ出しました。国家は、先祖から子たちへ伝えるものであり、継ぎ渡す義務がある。そのためにメンバーが結束し一つとなり豊かな未来を創り、守るべき尊いものとしての未来の象徴が国旗、国歌そしてスローガン唱和であると気づき、気持ちよく唱えるようになり、今も誰よりも声高らかに唱和しております。JCに入会していない自分は、どんな人間になっていたか、たかが知れた人間になっていたのかもしれません。
俄然気持ちのいいのは、JCの縦社会ですね。先輩に引き上げられ、褒められ叱咤激励されながら、役職やイベントを遂行するのは、忙しく大変でしたが楽しかったです。大役を仰せつかった年は、毎日JCやりました。後輩たちも上手く先輩を立てて頂けますので、交流会などもとても気分が良いです。現在私は、ボウリング会議所に所属しており、毎月例会でのOB現役交流が何よりの楽しみでございます。飲み会になれば、JC時代の話が中心で、毎回飽きることなく語っております。本当にJCで多くの友情を得ました。感謝です。
JCを卒業しOBとなったメンバー達は、例えばPTAなどに数多くのOBがPTA界に席巻しており、社会に何らかの貢献をすることに躊躇なく参画する気質を皆様持ち合わせています。そのような場で多くのメンバーと再会、結集すると、嬉しくも楽しい現役時代の再来です。奉仕活動が自然にできる仲間たちを育むJCは、素晴らしいです。
JCは、奉仕・友情・修練をかくも実践できる場所はないと考えます。あまたいる青年をJCに入れることが、本人・社会・企業にとって最良の道だと、私は思います。
これからも、現役とOBが協調して、この街を盛り上げていきましょう。

<LOM運営委員会より>
 山口先輩ありがとうございました。JCの魅力が大変伝わりました。現役を離れても、同好会を通じて先輩たちと交流できるのは素晴らしい事だと感じました。
現役の皆さんも是非ボウリング会議所よろしくお願い致します←
posted by OB日記 at 15:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月08日

OB徒然日記第35号

OB徒然日記 第35号 丹治 秀寛先輩

 吉本光国君からOB徒然日記の紹介を受け、丹治秀章君より原稿を書くようにと依頼があり、ちょっと考えておりました。
 入会は昭和55年後期になります。当初例会にもあまり出席する事が出来なかったのですが、委員会より事業の出席要請がありまして、多くの事業に参加しました。その後、出向で日本JC・青年の船・道南ブロックと多くのJCメンバーと知り合う事になり、今でもお付き合いのあるメンバーも多いです。
 LOMでは、私のJCライフを変えた先輩の一人に渡辺健治先輩がいらっしゃいました。最初の出会いは、初めての委員長の時でした。おまつり委員長としてアクティブな行動や継続事業の見直し等、個性派のJCマンでありました。2度目は、私が2年間ほどJC活動を積極的に行えなくなり、このまま卒業して行く事になるなと思い、後3年で卒業と言う時期でした。渡辺理事長のもと、副理事長を受けた時から第2のJCが始まりました。この年は岩倉博文君が日本青年会議所副会頭として活躍した年でした。LOMでは副会頭のサポートを全メンバーで対応した1年でした。
 最終年度に理事長をやらせていただく事になるわけですが、この時ほど26年会のメンバーに協力を得た事はありませんでした。理事長になるやいなや、事務局費の値上げ、例会費の値上げをしなければならない事となり、LOM全体の変革のスタートでした。テーマ別に環境文化・交通体系・JC運営・政策等、委員会の見直しを行い、LOM運営を1年間考える年としました。その他には中学駅伝苫小牧大会がスタートした年でもありますし、2年掛りの全道大会の決定や、臨時総会で次年度を選挙にて決める事となり、当時OB会長でありました脇本先輩には大変なご迷惑をお掛けする事になってしまいました。
 卒業式最後の臨時総会では会費の値上げを通していただきJCを無事卒業する事になりますが、多くのOB諸氏や苫小牧市民の皆様、企業の方々にもご協力をいただきました事に対し御礼申し上げる次第であります。ありがとうございました。卒業して23年になりますが、今もJCを通じての友人や人との出会いを大切にしている一人です。
 最後になりましたが、吉本光国君並びに2年間OB徒然日記の原稿が止まっていたのをスタートさせた委員会に感謝して終わりとさせていただきます。

<LOM運営委員会より>
JCを通じての出会いや、感謝の心を常に持つ事の重要さが解りました。丹治先輩ありがとうございました。
posted by OB日記 at 11:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

OB徒然日記第34号

OB徒然日記 第34号 吉本 光国先輩

 今回、渡辺健治先輩から執筆依頼を受けました。現役時一番心に残っている事。また、今の現役に伝えたい思い出や活動等がテーマですが、JCに入会して初めて感じた事は、スケートまつりです。JCの理念は理解していたつもりでしたけれど、年会費を払ってまつりの製作でなんで辛い思いをしなければならないのかと正直感じました。しかし、氷の滑り台から子供が無邪気で喜んでいる笑顔を見ていると、奉仕の精神が少し理解できたと思います。これもJCの組織がその機会を作ってくれたと思います。
また、私のJC時代に岩倉博文先輩が日本青年会議所副会頭になられた事が、苫小牧と言う地名を日本中にPR出来た事だと思います。その時、私は渉外委員会の委員長をさせていただいていて、大変強く感じた事は、東京オリンピック誘致時の「おもてなし」の精神です。この「おもてなし」の対応はこれでいいと言う事がないと言う事です。委員長時代はまだ気を付けなければならない事がないか常に思っていました。これは我々の人生に「おもてなし」の精神が必要だと、JC並びに岩倉先輩から得た唯一の財産として感謝しております。

<LOM運営委員会より>
おもてなしの精神は様々な場面で必要であると私達も感じます。この精神を忘れないよう心掛けて参ります。吉本先輩、貴重なお話しありがとうございました。
posted by OB日記 at 11:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする