本日記は、2008年度、苫小牧青年会議所設立55周年を記念して企画いたしました。

 2008年度の基本方針にある、「人とのつながり」という言葉、そして、理事長方針にある、「古きを温ね、新しきを知る」という温故知新の精神をもってJC活動をしていきたいという願いが込められています。OB諸氏の皆様方に青年会議所への思いを熱く語っていただくきます。

 本日記はリレー形式で、OB会長の柏木先輩からはじまり、次の投稿者をご紹介いただきリレーしていきます。
メンバーの皆様、先輩達からのメッセージを胸にJC活動に邁進していきましょう !!

2017年08月25日

OB徒然日記第44号

OB徒然日 記第44号 坂本 将一 先輩

第53回地区大会苫小牧大会を主管して

 苫小牧青年会議所に入会した1995年は阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件等が有り、政治的には村山内閣で混沌としており落ち着かない世の中だったと記憶しております。私自身その当時は社長就任2年頃であり、経営者というより現場でバリバリ働く個人事業主の状態でした。よってお祭りで3日間仕事を空けることなど出来る状態ではなく、スケジューリングも金銭的にも苦労したのを覚えています。そんな若者が在籍12年半のうち11年も理事会構成メンバーになり主管実行委員長まで務めるに至るとは人生わからないものです。この度は、久しぶりの北海道地区大会主管を来年に控え、前回の苫小牧主管大会からの歴史をひもときますので、現役の皆様に役立てていただければ幸いです。

 1990年代後半のLOMは好きトマ運動に代表される地域密着や足元を大事にしたJC運動や活動で、ブロックは出向者を育てる機関として認識され、地区や日本の事業にはあまり熱心に参加する状況ではなかったように記憶しています。

 2000年代に入りIT革命が始まり、第2次規制緩和が活発化し、地域分権(JCでは地域主権)が頻繁に議論され、そんな時代背景の中2001年LOMからおそらくは10年ぶり位であろう地区役員出向者を輩出する事となり、これが第53回北海道地区大会苫小牧大会主管につながっていきます。
 具体的には2001年、清野始先輩の出向のバトンを受け2002年には直前理事長の立場で地区の室長へ山口武宏先輩が出向することとなり、この年は2004年の地区大会に立候補するLOMがいない気配でありました。そこで山口先輩より2004年の地区大会主管に立候補したらどうかと助言をいだだき、2002年の理事長福井洋幸先輩の元、2004年以降に在籍する主だったメンバーと共に地区大会主管立候補するかしないかの大議論になります。当時の私たちの地区大会感は地区役員や地区構成メンバーのための地区大会であり、主管LOMは疲弊し、LOMのためにならない地区大会になっているから主管を希望するLOMが少なくなってきているという見解です(あくまでも当時の若者らしい意見なので当時の批判ではございません)。そんな地区大会感ですから、やったほうが良いやらない方が良い、やる自信がない等様々な意見が出ましたが、最終的にはLOMのため苫小牧のためになる大会そして北海道JCメンバーのためになる大会を目指し主管立候補をすることとなりました。
 次は立候補届出書を提出するために立候補の主旨を議論しましが、2002年は日経平均株価が7603円と最安値を記録し景気は見通しが立たず、将来への不安が広がる中、好きトマ運動のような地域的なJC運動だけではなく、より大所高所から北海道全体を視る視座がその当時の苫小牧やLOMに必要だということになり、その議論がその後のLOMにとって地域、北海道、日本の将来をしっかりと見据えバラランスのとれたJC運動へと進化する第一歩となったと感じています。
 2003年には地区大会主管実行委員長候補者として、地区に委員長として出向するのですが、地区の上程フォーマットやスケジュールに戸惑い、LOMとのあまりの差に困惑したのを覚えています。この年は2003年の地区大会主管に関する上程の過程と地区大会開催までの流れを見て肌で感じることができたのが一番の収穫でした。2003年の地区大会から北海道JCメンバーのための大会に徐々にシフトしていったと思います。例えば2002年以前の地区大会開催時は地区役員の宿泊先はHQもしくはその地域で一番良い宿泊施設でしたが、この年は宿泊施設が少ないのもあり、地区役員は地区会長含め全員がお寺に泊まりました。北海道JCメンバーへのホスピタリティーを示した事に感激した記憶があります。

 さてメインの2004年へと話は進むわけですが、この年の理事長は私の親友でもある渡邊武志君です。ご縁があり理事長と地区大会主管実行委員長となったわけですが、渡邊君が予定者の時で地区大会の年ではない時期に、しっかりと苫小牧やLOMのため理事長をやりたかったと僕にポツリとこぼした時がありました。この時に決意したのは、地区大会成功はもちろんのこと、2004年度は地区大会を言い訳にせず普段の年と変わらないLOM運営をして地区大会以外にも2004年の足跡を残すことでした。そういった意味では理事会構成メンバー≒地区大会主管実行委員会メンバーでしたのでこの構成メンバーには大変負荷がかかったことと推察いたします。その努力に対し改めて敬意を表します。

 北海道政や各自治体の財政難、少子高齢化、人口減、公共投資が減っていく中、官依存体質から脱却し民間主導の活力ある北海道を目指し、北海道開拓の精神を持って変革の種を蒔いた大会。大会中事故もなく、大会参加者には笑顔が溢れ、何よりもLOMメンバーの達成感溢れる解団式になり、蒔いた種が後年、地区大会主管立候補が増え、LOMからは地区担当常任理事を始め多くの地区役員の輩出、日本JCの褒賞でLOMの事業が最優秀賞をいただく等いろいろな芽を出せたことで第53回地区大会を主管して良かったと思います。

 何やら真面目につらつらと出来事ばかりを並べてしまいましたが、最後に現役の皆さまへ。
竹中工務店(創業慶長15年 実に400年以上前)、虎屋、山本山、月桂冠、皆が聞いたことがある100年以上続く企業。世界に100年以上続く会社が約3000社ありその8割が日本の企業です。伝統がある会社には必ず理念と誇りがあり、それを基に行動し続け、それを伝承伝達してきたからこそ長い間繁栄して来たのだと思います。
 理念と誇り、行動と伝承伝達を大切にしてください。成功したとか失敗したとか結果検証は大事ですが、何のために何をするかを決めて行動し続ける。その行動は結果がどうであれ現役皆様の糧に必ずなります。恐れず堂々と仲間と共に行動あるのみ。
posted by OB日記 at 15:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする